SSブログ

兄弟の誕生 ~時の扉と太古の森~ 第6話-2 [塔の家物語]

本日は、2記事まとめて上げにきました。
「兄弟の誕生」完結編です。

いや~、今回は、いつにも増して時間がかかってしまいました。
2012年が終わる……だと……!?(ひえぇぇぇぇ)

時の流れの速さにビックリですが、なんとか今年中にけりがつけられて良かったです。
また、お話の裏話的なものは別記事にて語ろうと思います。
とにかく、最後まで文章量が多すぎてね……ホント申し訳ないです

お話は、ブランシュが洞窟の中でベビーベッドを発見したところから始まります。
ではでは、どうぞ!









花が再び光を取り戻し、ベビーベッドの中を照らし出します。

世間一般の赤ん坊のイメージと言えば、白くすべすべとした肌、小さな耳、ふわふわの髪の毛。当然、ブランシュもそういったものとの対面を期待していたわけなのですが、実際に現れたのは、黒ずみ乾ききった肌、こめかみまでつり上がった目、悪魔のようにとんがった耳――。

「うわぁああ! バケモノっ」

危うく手の中のランプを取り落とすところでした。ブランシュは喉の奥から漏れるうめき声を抑えながら後ずさりました。外見だけでも恐ろしいのに、可愛らしいフリルのついたベビーキャップなどを被っているものですから、余計に異様さが際立ちます。一体全体、これは何の冗談なのでしょうか。

ブランシュは、改めて洞窟内を見回しました。光の中に、断片的に浮かび上がる土の壁。どす黒い液体で満たされたほ乳瓶、回り続けるベッドメリー、横倒しになった木馬。

おかしい。この場所は何かが狂っている――。

一歩、一歩。この場の均衡を崩さないように、細心の注意を払いながら後退していったブランシュですが。

ずるっ。

右の靴底が、予期せぬものを踏みつけ、これまでの慎重さを無に帰すように、派手にひっくり返ってしまいました。

「いて-っ!」

ピッ。同時に、聴覚がかすかな電子音を捉えます。
次の瞬間、洞窟内に耳をつんざくような激しいロックのビートが溢れ、ブランシュは文字通り飛び上がりました。最近はまっている、ツイン・ボーカルのロックバンド。中でも今回のアルバムのタイトル曲は、冒頭のギターのソロ・パートが印象的で、再生リストの一曲目に設定してあった――。

ブランシュは、パーカーからズボンから、ありとあらゆる箇所のポケットを引っ張り出すと、ようやくイヤホンのコードでぐるぐる巻きになったipod本体を探り当てました。叩きつけるようにスイッチを切ります。
洞窟内を満たす、恐ろしいほどの沈黙。そして。

ふんぎゃー!!!

ベビーベッドの中の怪物が、火がついたように泣き出し、ブランシュは両耳を押さえました。

(うるっせー!)

まだ、先刻までは距離が離れていたから良かったのです。実質ゼロ距離の現在、この声には想像を絶する破壊力があります。

そして。事態はブランシュが最も恐れていた成り行きを辿りました。

一定のリズムで刻まれる地響き。苛立たしげに吐き出される瘴気。あちこちで土壁が崩落を起こす音。

(まっ……まずい!!)

逃げ出す暇などありはしません。奥の岩場から顔を出した“それ”は、見上げるような体のてっぺんに乗った頭部をわずかに傾げ、わが子とその脇にうずくまるちいさな“獲物”を凶悪な眼差しで睥睨しました。


*


とっさに、元来た道を引き返さなかったことに関しては、褒めてあげてもいいかもしれません。いくらブランシュの運動神経が並外れているとはいえ、あの高さを攻略し、尚且つ斜面をよじ登るとなると、困難を極めるのは必至。しかも、背後から追ってくるのは、初心者のロッククライミングをのんきに見守ってくれるほど、悠長な相手ではないのです。
全身を覆う暗緑色のうろこ、ずらりと生え揃った歯列からのぞく長い舌、忙しげに瞳孔を伸縮させる金色の瞳。首にフリルのついた布らしきもの(エプロン??)を巻きつけているのが赤ん坊同様奇妙と言えば奇妙ですが、もちろん、こちらにはそんなことを気にかけている余裕などありはしません。
反射的に身を屈めると、鋭いかぎ爪を振り上げて躍りかかってくる相手を寸手のところでかわし、そのまま横っ跳びに転がって相手の死角に入り込むと、出口を塞ぐように横たわっていた太い尻尾を乗り越えて、その先へ続く通路へスタコラと逃げ出しました。
背後で、獲物を逃した怪物の怒りの咆哮が轟きます。

「じょーおだんじゃないよっ。こんなトコロでバケモノの栄養源になってたまるかっての!」

あの巨体が出入りしているのです。この先には、必ず外へと通じる出口があるはず。
崩落の影響か、ところどころ土砂によって行き止まりになっている場所もありましたが、そんな時は潔く迂回路を取りました。この狭い空間の中、フットワークの軽さだけはこちらが有利です。

ねじくれた迷路のような洞窟内をでたらめに逃げ回るうちに、いつしか、怪物の追跡を撒いたようです。背後の地響きが遠のいていることに気付き、ようやく歩調を緩めました。ほっとすると同時に、なにやら笑いがこみ上げてきます。

(ハァ……。なんかおれ、逃げ回ってばっかだなぁ~……)

庭園迷路の巨大岩、怪物の山の人喰い蜜蜂、群れをなす綿毛に、子守り中の怪物……。しまいにはココアに、「ブラン君って、逃げ足だけは速いよねー」などと、不名誉な評され方をされる始末です。

(イヤ、だけど生命の危機だし! おれの今の実力で、どーしろって話だし!)

でも、それでも。どこかで足を止めて、振り返っていたとしたら。何かが変わったでしょうか。
あぶくのように浮かんでは消えゆく思考。

「あれ? おれ、今何考えたっけ?」

自分で自分に首をひねります。その時、前方から、かすかに風が流れ込んできました。


*


転がるように外に出ると、当然ながら辺りは真っ暗でした。しかし、洞窟内の息詰まる圧迫感からすると、生き埋めの危機から脱したというだけで天国に思えます。

そこは、空に向かって張り出した見晴らしの良い高台でした。今のところ、周囲に獣の気配はありません。おそらく、ここが怪物の棲み家だと知っていて、寄り付かないのでしょう。それに引き換え、ブランシュと言えば、獣から逃れよう、逃れようとしているうちに、もっと大きな災難に飛び込んでしまったのですから、世話がありません。今思えば、入る時に使った横穴は、洞窟の空気孔のような役割を果たしていたのではないでしょうか。

(とりあえず、こっから離れなくちゃな。入り口にフタでもしときたいトコロだけど、こんなでかい穴、塞げないもんなぁ……)

役立たずの小石をスニーカーのつま先で蹴っ飛ばし、地肌がむき出しになった崖の縁で、飛び込み台よろしく、下方を覗き込みます。

ずぅうううん……。

近くで、お馴染みの地響きが起こり、おっとっと。ブランシュは片足立ちのままバランスを崩しました。両腕を振り回して多少の抵抗を試みたのも虚しく、そのまま真っ逆さまに崖下まで転落します。

「ってぇー……」

上から下へ。地べたをすべり、叩きつけられる頬。まったく、今日一日でどれだけアクロバットな体験をすれば気が済むのでしょうか。アクション映画の2.3本ぐらい、軽く作れてしまえるんじゃないかと思えるほどです。いまだに骨一つ折らずに済んでいることに対しては、悪運の強さを感じますが。
今回も、全身の擦り傷を大量に増やすぐらいで事なきを得て、回る視界を立て直しつつ起き上がった時でした。目の前に、見上げるような大きな影が立ちはだかりました。遥か上方で瞬く、凶悪なふたつの丸い光。風にフリルの布がふわりとなびきます。

(追いつかれた!? ――まさか!)

考えられない事態です。しかしこれが紛れもない現実だとすると、導き出される結論はひとつ。

(もうひとつ、別に出口があった!? 先回りされた!)

こいつ、相当知恵ついてやがる。ブランシュは歯軋りしました。あのベビーベッドやほ乳瓶。使いこなすにはそれなりの――少なくとも、ままごと遊びに興じる幼児程度の――知能は必要でしょう。
怪物はいまや完全に獲物(ターゲット)を視界に捉え、一歩一歩、追いつめる過程を楽しむかのように迫ってきます。
生温い怪物の呼気がシャワーのように降りかかり、ブランシュは息を詰めて顔をしかめました。素早く周囲に目を走らせ、逃走経路を確認します。

(どうにかしてこいつの気を反らして、その隙にっ……)

逃げる。

その単語が過った瞬間、どきりとしました。息が止まりそうな衝撃。

(おれ、今、何考えた?)

パーカーの胸元をつかみ、力を込めます。

「なんだよ……、敵に遭遇して、最初に思いつくのがソレかよっ。情けねー。ガラ空きの背中、みっともなくさらしちゃってさぁっ……」

逃げ足ばかり鍛えられていたのも道理です。はじめから、それ以外の選択肢を放棄していたのですから。

“いつか”強くなったら。“いつか”自分に自信が持てるようになったら。
いつの間にか、そんな台詞が、口癖のようになっていました。けれど、そうやって先延ばしにしていった先に、ある日突然、ビックリ箱のように、目の前に理想の自分が現れるのでしょうか? 
答えは、否です。
常に試されているのは、「今」。
「今」、本気にならなくて、一体いつの未来に、望みのものを手に入れられるというのでしょう? 
ボケっとしているうちに、あっという間におじいさんになってしまいます。

(ガレットさんをオールドミスにするのだけはイヤだ!!)

思考の飛躍が激しすぎるブランシュです。……しかも、自分以外の相手が現れるという可能性を一切排除しているのがすごい。

(こーなったら、やってやるぜっ!)

ブランシュは、決意も新たに、前髪の間から怪物をにらみ上げました。


*


ブランシュと怪物とのにらみ合いは依然、続いていました。
技の発動がままならないブランシュにとって、何より必要なものは武器です。
ブランシュは、怪物との間合いをはかりながら、じりじりと横歩きに移動しました。

(今だっ!)

相手の隙をつき、目標に向かって一直線。横っ跳びに飛びつくと、くるりと一回転。油断なく、膝立ちで敵と対峙しました。飛び込んだ際に右足のすねを張り出した木の根に嫌というほどぶつけてしまいますが、手当はまたあとです。

ブランシュが手にしたのは、何の変哲もない丸太の棒でした。擬態用の小枝とさして変わりのない……けれど今のブランシュにとっては、命綱とも言える武器です。

対する怪物はと言えば、急激な事態の変化を、いまだ理解していないようでした。皿の上に盛りつけられたごちそうを前に、「いっただっきまーす」。よだれを垂らさんばかりに襲いかかってきます。
もちろん、ブランシュの方は大人しく「いただかれる」つもりはありません。

怪物の顔が、ぎりぎりまで迫ってきたところが狙い目でした。

「くらえっ」

ブランシュの手元から鋭い一閃が走りました。
次の瞬間、怪物が身悶えして咆哮を上げます。

「よっしゃ、命中!」

ブランシュが放った小石が、怪物の左目の眼球を直撃したのです。

「チームのエースの実力をなめるなよ。いくぜっ!」

丸太をひっつかみ、今がチャンスとばかりに突進します。

「でやぁぁぁーっ、くらえ~っ、ブランシュ様スペシャルー!!」

ポカスカポカスカポカスカ。
ブランシュは、一心不乱に丸太を振り回しました。

しかし、体長5メートルを超す怪物にとって、ふくらはぎのすみを少々ぺちぺちとやられたところで、何ほどのこともありません。せいぜい、蚊にちくっとやられたぐらいの感覚で、それよりも、ごちそうが目の前から忽然と消え失せたことのほうが問題でした。激しい眼球の痛みも相まって、怪物の苛立ちは頂点に達しました。尾がしなり、ひときわ強烈な一撃を、ブランシュの横腹に叩きこみました。ブランシュは、まるで紙人形のように、いとも簡単に吹き飛ばされて、近くの木に激突します。

「げほっ」

息が止まるかと思うほどの衝撃。次に、焼けつくような熱さが襲ってきます。

「うわ……いっってぇえええ~!!」

ブランシュは、涙目で叫びました。押さえた指の間を、ぬめりのある液体が伝います。怪物は、目にもとまらぬ速さで加えた第二撃で、ブランシュの右の二の腕の肉をごっそりと持ち去っていたのです。
ブランシュは、立ち上がることもできずに、スニーカーのかかとで土を削りながら身を引きました。傍らの地面に、尋常ではない大きさの血溜まりが広がっていきます。これまでに味わったことのないほどの猛烈な痛みに、ブランシュは本気で焦りを覚えました。

(うわ、やっべ~。これ、マジで痛い……。あれ? おっかしいなー、こういう、主人公が捨て身になった時って、こう、ものスゴイ必殺技とか出ちゃうんじゃなかったっけ?)

熱血少年マンガ的思考からいまだ抜け出せないブランシュです。

ブランシュの思考が大混乱に陥っている間にも、お腹を空かせた怪物は、今度こそごちそうにありつこうと、ナイフとフォークを構えて大口を開けます。

その時でした。ドクン。大地が鳴動しました。風が騒ぎ、枯れてもいない葉が枝からバラバラと落ちてきます。

「なっ、なんだぁ?」

不穏な気配に、怪物は動きを止め、ブランシュは顔の前にかざしていた腕を下ろして頭上を振り仰ぎました。

その時、森では大きな変化が起こっていました。
底なし沼がボコボコと泡を立て、極彩色の蝶たちが乱れ飛びます。
綿玉たちは大騒ぎではしゃぎ回り、獣たちは一斉に遠吠えを始めました。

本人は気付いていませんでしたが、ブランシュが起こした小さな“反撃”は、薄っぺらい靴底一枚を挟んで隣り合っていた地面、その地中に縦横無尽に張り巡らされた木の根のネットワークによって、すでに森中に広まっていたのです。森は、大きなひとつの集合体として、意識を共有していました。その仕組みによって、迷い込んできたブランシュを異物とみなし、連携して次々と攻撃を加えることができたのです。これまで、ありとあらゆる物を吸収し、膨張を続けてきた巨大な森。その中で、はじめて生まれた、小さなほころび。わずかな瑕瑾は、次なる波紋を呼び、やがて取り返しのつかない事態へと発展してゆきます。

騒ぎは、いつしか“遺跡の森”に眠る遺物たちの元へも届きました。ブランシュが放った“意志”は――この地で緑と一体となり、静かな安息の時を過ごしていた彼らをも揺り起こすきっかけにもなったのでした。
中でも、その強烈な“攻撃の意志”に反応したのが。その身に幾百の人々の血を吸い続けてきた戦いの化身、その裡に秘められた、戦女神としての本能……。

(汝、剣をその手に取りし者……)

剣が、内側から発光するようにまばゆい光を放ちました。それと同時に、光に照らされた周囲の遺跡たちにも、変化が起こり始めます。苔が剥がれ、錆が浮き、戒めのように絡みついていた蔦がみるみるうちに腐り落ち……。まるで失われた歳月を巻き戻すように、そのもの本来の姿を取り戻していきます。

「なんだ、この声っ!? 誰がしゃべってやがるんだ!?」

呼びかけに応えるように。光の塊が、空から弧を描いて急転直下。すさまじい勢いで落下してきたかと思うと、ブランシュがへたりこんでいた場所に勢いよく突き刺さりました。

「うおっ!?」

間一髪身体をひねって避けたものの、一歩間違えれば串刺しになっているところです。

「ああああっぶねー!! なぁんてことしてくれんだよー! って。コレって、あそこにあった剣じゃん」

見覚えのある細工彫のコレオプシス。それにしても、押しても引いても、まるでびくともしなかった古びた剣が、何故今、こんなところに出現したのでしょうか。しかも今や、そのすらりとした刀身の全貌が明らかになり、つい最近まで地中に埋まっていたとは到底思えないほどに凛とした輝きを湛えています。
ブランシュは、刀身に映し出された自分のマヌケ面と顔を見合わせました。そしてピンときます。

(もしや、これがおれに託された必殺の技かっ!?)

まだ天は彼を見放してはいなかったようです。

ブランシュは、膝に力をこめて立ち上がると、決死の思いで、自らの血で赤く染まった手で剣の柄をつかみました。あの苦労が嘘のようでした。剣はするりと抜けて、あっさりとブランシュの手中に収まりました。重厚な見た目に反して、剣は羽根のように軽く、まるで以前から知っていたかのように手の平にしっくりと馴染みます。しかも、剣を手にした瞬間から、身に覚えのない力が全身に漲ってくるのを感じました。

「よぉし! これでいける!!」

ブランシュの周囲から、強力な不可視のオーラが立ち昇りました。ただならぬ気配を察してか、怪物が巨体を揺らして身じろぎをします。
ブランシュは、大きく息を吸って胸を張り、力強く大地を踏みつけると、剣を天に向かって突き出し、詠唱を始めました。

「天の頂きに住まう雷神よ。出でよ。今こそ我にその力を示せ……」

その声に引き寄せられるように、森の上空に次々と黒雲が集まってきます。押しつぶされそうな圧迫感〈プレッシャー〉の中、必死でその場に踏みとどまりました。胸の内にざわざわとした高揚感が芽生え、不思議と心が軽くなります。世界を手中に収めたかのような万能感を味方に、声高らかに叫びました。

「来い! /thunder!」

バリバリバリバリッ! 一直線に金色の光の筋が空を走って、ブランシュの剣に宿ります。瞬間的に雷光が刀身をかけめぐり、火花を散らして唸りを上げます。信じられない思いで手元に引き寄せると、まだ幼さの残る、鼻筋から頬のラインが松明をかざしたように夜闇の中に浮かび上がりました。

「よぉし! いくぞ、バケモノっ」

両手で光の剣をかかげ、跳躍ざま、力の限り振り下ろします。切っ先が硬質な怪物の表皮を捉えた確かな手応えを感じた瞬間、凄まじい光が炸裂しました。視界が赤一色に染め上げられ――暗転。
ブランシュの意識は、深い底なし沼のような暗がりへとのみ込まれてゆきました。

つづく


共通テーマ:LivlyIsland

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。